京都教育大学附属幼稚園同窓会 公式ホームページ


CONTENTS
幼稚園
 ・幼稚園の沿革
 ・親学校との関係
 ・歴代園長、教職員


同窓会の運営
 ・会長あいさつ
 ・同窓会活動
 ・同窓会規約
 ・役員、幹事


お知らせ

120周年記念事業
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 ・育友会長あいさつ
 ・前同窓会長に寄せて
 ・120周年記念事業


100周年記念誌の販売

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同窓会の運営

同窓会活動


1. 発  足

 京都教育大学附属幼稚園同窓会の発足は昭和42年からです。

旧師を囲んでそれ迄は幼稚園修了生が年少であり、自分で会を運営する力を持たなかったことと、大部分の修了生が附属小学校同窓会の中に吸収されていく実態があったので単独の同窓会組織がありませんでした。

 昭和41年、本園が小学校から分離独立した事を機会に、前の育友会長田村貞次郎氏を中心とした学級委員やそれまでの修了生の保護者から、同窓会設立の機運が生まれてきました。

そもそも、幼・小一体の運営がなされていた昭和38・39年迄は、附属小学校進学者がほとんどであり、幼稚園修了生即小学校同窓会員でした。しかし幼・小分離後、小学校に進学しない者も数名ずつ出るようになると共に、京都、桃山の両小学校にわかれて進学するようになりました。

この子どもたちにとっては附属幼稚園独自の同窓会をもつことが大きな意味があると保護者、教師共に考えるようになったのです。すなわち附属幼稚園修了生が人生の一時期を共にすごした意義を深く感じ、終生よき友として助け合うと共に、幼稚園の先輩として後につづく子どもたちにも力を与えて欲しいと願ったのです。
そこで田村氏を中心に、同窓会設立準備委員会を結成し、その草稿を作りあげました。





2. 組織及び運営

 昭和42年3月、本園同窓会規約が施行され、昭和41年度修了生を対象に、同窓会申し込み書を配布し、同時に同窓会幹事の選出、終身会費(500円)を徴収しました(終身会費は昭和49年度から1000円となりました)。

昭和41年度は入会を希望する者を募って同窓会を発足しましたが、(修了生68名中59名入会)同窓会の主旨から考えた時、全員入会が望ましいと考え、次年度からは、申し込みに依らず、修了生は全員同窓会員になるよう規約を改正しました。

 組織としては、会員を本園修了生全員としますが、当分の間、昭和41年度修了生からを対象として幹事を選出し、会を運営することにしました。幹事は、幹事長1名、常任幹事長3名(会計・書記)、学年幹事5名(内1名は京都小学校進学者中より選出)、会計監査2名とし、会長は本園園長としました。

 同窓会長として園長が就任することは変則的ではありますが、同窓会員が社会的活動を行うようになるまでの暫定的措置としてこのようにしました。また幹事の任務は、小学校在学中はすべて親が代行することにしました。当時幹事の任期は3年と限っていましたが、昭和45年から終身幹事と変更しました。幹事会(保護者代行)は毎年5月に開催し、新幹事の紹介、年間計画の検討、会計報告、その他情報交換などを行っています。

  昭和42年8月第1回同窓会を開催しました。対象は小学校1年生でした。この同窓会は、幼稚園を会場とし、幹事(保護者が代行)によって企画・運営されました。学年進行にともなって年々の同窓会参加学年も増え、人数も多くなってきました。

 昭和45・6年になると1年生から6年生迄の同窓会を一堂に集めての同窓会は、体力も興味もちがう子どもたちを満足させにくくなり、運営の見なおしが必要になりました。そこで昭和45年度からは、1〜3年生、4〜6年生と2回に分けて行い、昭和46年以降は、1・2年生、3・4年生、5・6年生の3回に分けて行うようにしました。
この時代、当日会費として100円を徴収しました。

 同窓会は該当学年の幹事(保護者代行)のアイデアによって運営され定型はありません。しかしフォークダンス、運動(ドッジボール、鬼ごっこ、綱引き、玉入れなど)の他、幼稚園教師との懇談、会食、記念撮影などが行われることが多かったようです。
 昭和49年からは諸物価の高騰から当日会費500円と値上げしました。そして、平成11年からは、同窓会会費から10000円の補助をするようになりました。

 年3回2学年ずつの同窓会は昭和49年から56年迄続きました。その後昭和57年からは、1年生対象、5年生対象の2回になりました。これは幹事の負担を軽減することと、同窓会という意識も高まり、小学校在学中に2回の同窓会でも充分その目的を達せられると考えたからです。

 現在迄、小学校在学中を対象として幹事会と同窓会を開催し、それ以降は生徒の自主運営に任せるということで今日まで進めてきました。




3. 事  業

(1) 修了生の把握
 本園の修了生は、遡れば明治18年から存在し、120年の間に、氏名が判明するだけで約5000人の多きにのぼっています。今回創立120周年を迎えるに当たり、京都尋常師範学校附属時代、府女子師範学校附属時代の大正6年迄の修了生について、その消息がわずかではありますが判明したことは望外の喜びです。この修了生の把握については当該時代の幾人かの方々の力にあずかる所です。

 又大正7年から現在までの修了生についても、今回各年次、代表幹事をお願いし、この方々の協力によって各学年の修了生の消息について克明に調査していただき、修了生の状況を把握することができました。百年誌には修了生氏名のみを掲載しましたが、別冊として同窓会名簿を作成しました。これをもとにして、修了生の把握が拡大することを期待しています。


(2) 記念事業への参加
 昭和43年伏見桃山筒井伊賀から井伊掃部東町へ移転した第1期工事竣工の時、その竣工を祝って禽舎2個を寄贈しました。

 昭和45年2階増築完了の時、その完了を祝って、後藤真之介氏の絵画(90号、風景)を寄贈しました。

 平成10年に教育大学美術科教授 木代喜司作「鳥を抱く」子どもの銅像を寄贈しました。100周年記念品の時計塔の下に立っています。




4. 今後の課題

 発足当時、修了生が年少であることから保護者代行で発足した同窓会も、すでに約40年の歳月をすごしました。今後も修了生が諸先輩と力を合わせ、同窓会活動が活発になるよう心から願っています。

 また創立100周年を契機に、それまで園長が代行していた同窓会会長の任を修了生自身に移すことになり、名実共に同窓会は修了生全員を対象とする運営になりました。

初代会長は、岡本知蔵氏(大正12年度修了生)です。岡本氏が高齢で辞退を申し出られたため、平成16年度より吉村正裕(昭和53年度修了生)が第2代目会長に就任しました。

個人情報保護法の施行や、附属幼稚園の親学校である京都教育大学の存続が問われる時代となり、同窓会活動も難しい局面を迎えつつありますが、幼稚園の同窓会が少しでも母校の発展に寄与するよう、模索していかねばならないと考えております。